【衝撃事件の核心】 口座開設、賃貸マンション契約、集団参拝…。全国での暴力団排除条例の制定に伴って、社会生活のさまざまな場面で規制が強まる暴力団包囲網。その動きはゴルフ場にも広がり始めている。警察当局は身分を隠してプレーした組員らに詐欺罪を適用、逮捕に結びつけているのだ。ただ、被害者であるゴルフ場側はプレー代を受領しており、検察側が「実害がない」などとして不起訴になるケースも。全国有数の“ゴルフ場銀座”である関西地方の支配人たちが警戒感を強める中、「ゴルフ詐欺」は暴力団排除の新たな武器となるのか。(花房壮)
■被害者は誰?
「ゴルフ詐欺」の成否を占う上で、注目の裁判が名古屋地裁で昨年から開かれている。
「ゴルフ場では誰もだましていない。詐欺になるのか」
昨年10月の被告人質問でこう述べたのは、詐欺罪に問われた指定暴力団山口組弘道会ナンバー2の被告。ゴルフ場に財産的な被害はなく、詐欺罪の構成要件を欠いている-として無罪を主張している。
起訴状によると、被告は風俗店経営者とともに平成22年10月、約款で暴力団関係者の入場や利用を禁止している長野県のゴルフ場で、暴力団員であることを隠して施設を利用したとされる。このほか、身分を偽ってクレジットカードをだまし取ったとして起訴された。
風俗店経営者がゴルフ場を被告に紹介、料金を払ったとされる。被告はプレーしたことは認めたが、「暴力団員の利用が禁止とは知らなかった」と主張。弁護側もこれまでの公判で、「本来は起訴にならない微罪か、罪にならない事件で、弘道会の弱体化を目的とした起訴で違法だ」と検察側への“敵意”をむき出しにしている。
一方、検察側は今年1月の論告で「被害にあった施設の出入り口には暴力団排除を訴える掲示物があって暴力団の利用を禁止していると認識しており、詐欺罪の成立は明らか」と述べ、懲役1年6月を求刑した。
身分を隠すことで暴力団関係者の利用禁止を掲げるゴルフ場をだまし、ゴルフ場でのプレーという財産上の利益を不当に得た-。こうした解釈に基づき詐欺罪で起訴された全国初のケース。判決は今春にも出される見通しで、全国のゴルフ場や法曹関係者の注目が集まっている。
■起訴価値は?
ゴルフ詐欺での摘発は、暴力団排除の機運と相まって潮流の兆しをみせているようだ。
宮崎県警は今年1月、宮崎市内でゴルフをした指定暴力団山口組系組員と、一緒にプレーをした会社役員ら3人を詐欺容疑で逮捕。これを受け、宮崎地検は、組員と会社役員1人を起訴した。
「このほかの県警でも組員のゴルフ情報を相当つかんでいる」(捜査関係者)とされる。
ただ、警察と検察の意思統一がうまくいっているケースばかりでもない。
岡山地検は昨年12月、岡山県内のゴルフ場を利用したとして岡山県警に詐欺容疑で逮捕された指定暴力団山口組系組長と組員2人について、「ゴルフ場に実害が発生していないため」として不起訴とした。
静岡県でも22年10月に逮捕された指定暴力団山口組系組長が起訴猶予処分となっている。
暴力団追放の新たな武器となりうる「ゴルフ詐欺」をめぐっては、法曹界にも賛否両論ある。
山口組元顧問弁護士の山之内幸夫弁護士(大阪弁護士会)は「プレー代を受領したゴルフ場側に損失がないのに、詐欺罪を適用するのは明らかに拡大解釈であり、完全にいきすぎだ」と批判する。
一方、日本弁護士連合会の民事介入暴力対策委員長の疋田淳弁護士(大阪弁護士会)は「暴力団関係者の利用禁止を約款に規定しているゴルフ場をだまし、財産上の利益を不当に得たのは明らか。プレー代を払っても関係ない。『暴力団お断り』の規定を担保するためにも起訴するべきだ」と話す。
検察の中でも判断が異なる「ゴルフ詐欺」はそもそも成立するのか。
「理屈の上では成り立つ」と指摘するのは元東京地検公安部長の若狭勝弁護士。
詐欺罪には2種類ある。1つは相手をだまして金銭をだまし取るもの。もう1つは、相手をだましてサービスや権利をだまし取るものがある。無銭飲食は後者の代表例だ。
「ゴルフ詐欺」については、暴力団関係者の利用禁止を規定したゴルフ場に対して暴力団員であることを隠し、ゴルフ場でのプレーというサービスをだまし取る-という点で後者に属する。
ただ、起訴する段階での検察判断は微妙という。
若狭弁護士は「暴力団排除の機運の中で政策的に起訴するケースも考えられる」と指摘した上でこう続けた。「身分を隠すことに重きを置いて詐欺罪で起訴する価値が本来あるかどうか、検察内部でも議論は生じるだろう」
■把握には限界
ゴルフ場側にとっても暴力団排除は大きな課題だ。
「暴力団員が日常茶飯事にゴルフをやっているという噂が流れるだけで、そのゴルフ場は悪いレッテルがはられて一般のお客さんは敬遠する。何とか水際で入場を阻止したい」
北海道に次いでゴルフ場が多い兵庫県のあるゴルフ場支配人はこう話す。
兵庫県ゴルフ協会共通利用約款には「利用者の拒絶」を規定。その中で暴力団員、暴力団関係者、暴力団関係団体の利用禁止をうたっている。
ただ、実際にゴルフ場側が暴力団員を識別することは容易ではない。
「クラブハウスのフロントで、受付時に係員がお客さんの風貌を注意深く見るようにしているが、実際に見分けはつかない」(兵庫県のゴルフ場関係者)
なかには、確認方法を工夫しているゴルフ場もある。九州のゴルフ場のメッカである宮崎県内のゴルフ場では、予約受付時に個人の連絡先以外に勤務先の電話番号も確認しているという。
「狭い土地柄なので、会社名がわかれば暴力団関係者かどうか、ある程度把握できる。会社の連絡先を聞いた瞬間に電話を切るケースもあるが、そういう場合は間違いなく暴力団の関係先だろう」
暴力団員らが逮捕されたケースは、警察情報を端緒にしていることが多いとみられる。地元警察から事前に暴力団員の実名とプレー日がゴルフ場側に告げられ、ゴルフ場側が実際にプレーしたことを確認して警察に通報するという流れだ。
「組長の出所祝いコンペが県内で近く開かれる可能性がある」
コンペの開催は確認されなかったが、昨年秋には実際にこうした連絡が兵庫県内に流されたという。
起訴されないまでも、警察情報に基づく逮捕は、暴力団員をゴルフ場に寄せ付けない“牽制(けんせい)球”になるのは間違いない。しかし、経営難のゴルフ場には客を詰め込む傾向があり、「暴力団関係者と薄々わかっていても、プレーさせている可能性は否定できない」(宮崎県のゴルフ場関係者)。
帝国データバンクによると、平成22年までの10年間のゴルフ場倒産件数は577件で、それ以前の10年間(108件)の約5倍に上り、苦しい経営状況が浮き彫りになっている。だからといって、暴力団関係者を安易にプレーさせれば「ゴルフ場側の評判は悪くなり、自らの首をしめるようなもの」(疋田弁護士)。
企業防衛の観点からも、警察といっそう連携を図ることは、生き残りを模索するゴルフ場側にとっても重要なポイントになってくるだろう。
(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)
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